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海外工場建設プロジェクトの進め方-VOL.8

海外工場建設プロジェクトの進め方-VOL.8

海外工場建設プロジェクトの進め方(10回シリーズ)

第8回:工事開始

さて、建築許可が得られたらいよいよ着工となりますが、途上国ではその建築許可を入手するのにヤキモキすることも多いです。基本的なルールはどの国にも存在しますが、運用が曖昧な場合があり、いつ許可を得られるのか確信が持てない場合もあります。 許可日予定の見込みが立たないと工事着工日が確定しないということだけでなく、その許可時期を想定して起工式の予定を組む施主様もいらっしゃいます。日本からの来賓を招待する場合は、かなり前の段階で日程を決める必要があるので、建築許可に左右される着工のタイミングと起工式日程に差が発生することを前提に計画することになります。 起工式では、ヤギの血を流すとか、その国の宗教家に祈祷してもらうとか、踊りを披露するとか、それぞれの国特有の慣習があって面白いです。しかし、事故を起こさないように祈願するという目的はどの国も同じです。

余談ですが、日系施主様が海外で工場を建設する場合は工業団地に入居することがほとんどなので、余計な心配ですが、アジア途上国の未開地で工場を作ろうという場合は、第二次世界大戦時の不発弾調査から始まるような事案がありました。経験が無ければそんなことには思いが及びません。

工事現場は仮設事務所設営から開始されます。元請施工会社様への引合条件には仮設要求事項も忘れないでください。日本では当たり前のことが考慮されていないこともあります。 車両の水洗施設、施主様の部屋、飲料水提供、清潔なトイレ、作業員の休憩・飲食場所、当然、机・椅子・ロッカー・WiFi設備なども契約条件に入れておいて、必要な現場環境を構築してもらいます。

プロジェクトでは、1)安全、2)品質、3)工程、4)経費の4つの要素を最適化する事が求められ、筆者の経験では、ほとんどの施主様はこれらの優先順位の順番をこのように意識されているはずです。ただ、それぞれが、他の要素に深く影響を与えるために、如何にバランスよく管理してゆくかが場合によっては難しいケースもあるでしょう。Safety Firstは疑いようのない世界常識なので、施工会社も皆そのように標榜しておりますが、その取り組み方針には現場毎に大きな差を感じることがあります。ある会社では、「安全啓蒙活動は宗教に似ている。精神の深いところで信じ、理解し、布教する必要がある。」と言われていました。現場で不安全行為を指摘するだけの上っ面の安全活動では本質的な活動とは言えないのです。「布教」の努力が重要なんですね。欧米建設企業は日系企業に比べて安全に関して多額のお金を使っていると感じますが、「仏作って魂入れず」と感じたことは少なくありません。

さて、次に品質管理についてお話ししたいと思います。日本では第三者機関の中間検査も実施され、優秀な下請け企業群も存在しますので、ほっておいてもほとんどの場合、建築基準に合致した品質で工事は進められます。しかしながら海外ではそう簡単にはいきません。誰かが真剣に(施工者性悪説を起点として)品質管理を徹底しないといけません。契約的には当然元請工事会社にその責任が含まれているのですが、日系工事会社も実際には現地下請工事会社(時には下請にやはり日系企業が入ることもある)に実際の工事を発注するので、どのように品質を維持するのかが元請企業担当者の力量にかかってきます。

筆者は前職で海外石油化学プラント建設現場で長らく勤務したこともあって、危険物製造施設建設プロジェクトでの工事品質管理に関しては、メジャーオイル企業からの厳しい要求に対応してきました。その経験を通して感じることは、本質的な物質・材料の品質維持に深い知識を持って海外下請会社の施工品質をコントロールされている現場監督者の割合が不足しているのではないかということです。海外で品質を維持することは日本以上に質的・人的リソースが必要になるはずです。 欧米組織では、(名目だけの場合も少なくありませんが)Quality Control Managerという責任者が現場組織に存在するのですが、日系企業の建築系プロジェクト現場組織でそのタイトルを見る機会は多くありません。もちろん、監理者が一人だけ存在すれば良いというものでもありませんが。

品質管理上の懸念をある程度払拭するためには、施主が第三者検査機関を雇用し、工事会社の品質に問題無いかを確認してもらうことが対応策となりますが、これも良し悪しの場合がある事に注意ください。ともするとこの第三者検査機関で雇用されたフリーランスが自分のパフォーマンスを誇示したいがためにどうでも良いような細かいところまで工事にケチをつけることもありました。そのために工期が遅延がちとなることも考えられます。製造業での製品と違って、工事現場は生ものです。品質管理者にも検査対象項目の重要性や、工程と費用を理解した総合的なバランス感覚が求められると考えています。品質管理者の悩ましいところですね。

次の話題は工程管理です。日系工事会社の方々の建築工程計画の精度の高さには舌を巻きます。ほとんどの案件で遅延せずに完成しているのではないかと書くのは言い過ぎでしょうか。欧米建設会社では、高給のSchedule Controllerという工程管理責任者がPrimaveraやMS Projectなどの工程管理用ソフトを駆使して論理的に工程表を作成していますが、現場を歩くこともあまりせずにデータのみで工程を構築しようとします。ですから、朝から晩までそのソフト上で、現場事務所内の冷房が効いた部屋で(私から見ると)遊んでいる人をよく見ました。日系ゼネコンでSchedule Controllerという専門職はあまり聞きませんが、なぜでしょう。皆、現場の総合職として職種を特化しないのが日系ゼネコン企業の方針なのかもしれません。いずれにしろ、施主側視点ですが、工程管理や採算性確保に意識が集中しすぎて、安全管理や品質管理がおろそかになることは避けていただきたいものです。

次回は、「完成直前、引渡し」に関してお話しする予定です。

シーエムプラス海外情報発信HP事務局

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