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シンガポールの街角から|欧州車の時代が終わる(前編)

シンガポールの街角から|欧州車の時代が終わる(前編)

シンガポールの街角から

 

シンガポールの街から「欧州車の時代」が終わる
—— 上期の乗用車販売、EVがついに6割に

 

私がシンガポールで暮らし始めた2018年ごろ、アジアの多くの国では街を走るクルマといえば圧倒的に日本車だった。トヨタ、ホンダ、日産——タクシーも社用車も、たいていはこのあたりのブランドのどれかだったように思う。ところがシンガポールだけは事情が違っていた。この国はアジアの中でほぼ唯一と言っていいほど欧州車の存在感が強く、体感ではメルセデス・ベンツやBMWのほうが日本車よりも多いくらいだった。高い車両価格(COEを含む)を負担できる層が集まる都市国家ならではの光景だと、当時は妙に納得したものだ。

それから8年。最近あらためて街を眺めると、目に飛び込んでくるのはBYDとテスラである。信号待ちで前後に並んだクルマがどちらも中国製EV、ということも今や珍しくない。「ずいぶん景色が変わったな」という私の実感を、先日発表された統計がはっきりと裏付けてくれた。

 

記憶を数字で確かめてみた —— 8年で塗り替わった勢力図

もっとも、こうした「記憶」は当てにならないことも多い。念のため当時の統計を確かめてみた。

シンガポールの2018年の新車登録は約8万281台。ブランド別に見ると、実は首位はホンダ、2位はトヨタで、“台数”ではまだ日本勢がトップを走っていた。「欧州車のほうが多かった」という私の体感は、正確には少し盛られていたことになる。ただし——3位にはしっかりメルセデス・ベンツが食い込み、BMWも6位。かつてはBMWとメルセデスが販売チャートを支配していたと振り返る向きもあり、アジアの他国ではまず考えられない“欧州プレミアムの厚み”が、この国には確かにあった。私の記憶は「台数トップ」というより、街全体に漂う欧州車の存在感を捉えていたのだろう。


その欧州勢の存在感は、数年後にピークを迎える。2022年、メルセデス・ベンツはついに4,336台(シェア14%)でトヨタ(3,997台)を抜き、シンガポール史上初めて新車販売の首位に立った。BMWも3位。アジアでドイツ車がトヨタを抑えて市場のトップに立つなど、シンガポール以外ではまず起こらない椿事である。そして同じ2022年、テスラが867台で初めてトップ10入り(6位)を果たした。今にして思えば、これが地殻変動の始まりだった。

それからわずか4年。2026年上半期の顔ぶれは、BYDが首位、テスラが3位、そしてあれほど強かったメルセデスは4位、BMWは5位へと後退している。「欧州車の街」から「中国・米国EVの街」へ——8年間の変化を並べてみると、私の何げない街歩きの実感は、思っていた以上に市場の地殻変動を正確になぞっていたようだ。

シンガポール新車販売・首位ブランドの変遷

1 2 3 市場の特徴
2018年(通年) ホンダ トヨタ メルセデス・ベンツ 日本勢が台数首位。ただし独プレミアムも分厚い(BMWは6位)
2022年(通年) メルセデス・ベンツ トヨタ BMW 独車がトヨタを抜き史上初の首位。テスラが初のトップ10(6位)
2026年(上半期) BYD トヨタ テスラ 中国・米国EVが席巻。独車は4〜5位へ後退

 

出所:2018年・2022年は業界メディア報道(carbuyer.com.sg、WapCar)、2026年上半期はシンガポール陸上交通庁(LTA)公表データ。単位:台。

 

EV比率、前年の4割から6割へ

数字でも確かめておこう。シンガポール陸上交通庁(LTA)の登録統計によれば、2026年上半期に新規登録された乗用車の6割強がEV(電気自動車)——比率にして62.4%だった。前年同期はまだ41.0%だったので、1年で20ポイント以上も跳ね上がったことになる。登録の総数自体も前年から1割強増えて2万7,000台あまりに達したが、それ以上に印象的なのは、その中身が一気にEVへ振れたことだ。「BYDとテスラばかり目につく」という私の体感は、やはり気のせいではなかった。

割を食う形で縮んでいるのが、日本勢の主戦場だったハイブリッド車(HV・PHV)である。全体に占める比率は前年の4割超(42.8%)から3割そこそこ(32.1%)へと後退した。低燃費のエンジン車という、日本車が長く得意としてきた土俵が、EVの急速な浸透にじわじわと侵食されている。

2026年上半期 乗用車の新規登録台数(上位10ブランド)

順位 ブランド 台数 前年同期比 シェア
1 BYD(比亜迪) 6,828 +46.3% 25.2%
2 トヨタ 3,386 ▲2.2% 12.5%
3 テスラ 2,826 +99.2% 10.4%
4 メルセデス・ベンツ 1,680 ▲33.8% 6.2%
5 BMW 1,591 ▲40.3% 5.9%
6 奇瑞汽車(チェリー) 1,270 +551.3% 4.7%
7 ホンダ 1,261 ▲44.4% 4.6%
8 MG 964 +201.3% 3.6%
9 広州汽車集団(GAC) 870 +86.7% 3.2%
10 広州小鵬汽車(Xpeng) 741 +97.1% 2.7%
全ブランド合計 27,144 +13.3%

 

単位:台、前年同期比・シェアは%。▲はマイナス。タクシー向け車両は含まない。出所:陸上交通庁(LTA)。

 

BYDとテスラ ——同じEVでも狙う客層がまるで違う

今回とりわけ象徴的なのが、首位に立ったBYDと、3位へ急浮上したテスラの対比だ。私が街で「よく見るようになった」と感じていた2ブランドが、そのまま数字でもEV市場を牽引していた。

首位のBYDは、上半期だけで6,800台超を登録し、前年から5割近く伸ばした。乗用車のおよそ4台に1台がBYDという勢いだ。しかもその大半がEVで、EVだけに絞れば市場の4割近いシェアを握る。2025年からはPHVも品ぞろえに加えており、単なるEV専業から総合ブランドへと幅を広げつつある。BYDの強みは、バッテリー(ブレードバッテリー)を自前で持つ垂直統合と、手の届く価格帯から上級車までを覆うフルラインアップにある。富裕層の趣味の一台ではなく“毎日の生活の足”としてのEVを一般家庭に届けた——この裾野の広さこそが、少数の高級EVを売るのとは桁違いの登録台数を生んだ原動力だと私は見ている。

対するテスラは2,826台で前年の6位から3位へ3ランクアップ、伸び率は99.2%と倍増した。ただし台数はBYDの半分以下で、EV市場でのシェアも16.7%とBYDの後塵を拝している。テスラは少数精鋭のモデル構成で、ソフトウェアや充電網、そして「先進テック」というブランドイメージで富裕層・アーリーアダプター層を引きつけるタイプ。同じEVでも、BYDが「量」で市場の土台を広げ、テスラが「ブランド」で上澄みを取りに行く、という色分けがくっきり出た上半期だったと言える。

 

苦戦する日本勢、そして欧州勢

私の記憶にある「欧州車の街シンガポール」も、こと新車の世界では急速に色あせつつある。4位のベンツは33.8%減、5位のBMWは40.3%減と、ともに大きく台数を落とした。かつて日本勢と肩を並べていた——いや、それ以上の存在感だった欧州のプレミアムブランドが、EVの波の前でじりじりと押されている。

そして日本勢だ。トヨタは3,386台で前年から微減ながら2位を死守した。ただし登録の約9割を依然HVが占め、純EVは200台にも満たない。得意のHVで踏みとどまってはいるが、EVシフトの奔流には乗り切れていない——その現在地が、この内訳に凝縮されている。ホンダはさらに厳しく、前年の5位から7位へ後退した。もっとも、巻き返しの動きもある。トヨタの現地正規代理店が第3四半期にEVを本格投入する予定だとNNA ASIAは報じており、日本勢がここからどう挽回するかは注目だ。

BYD以外の中国勢の伸びも著しい。LTAの統計では、前年同期比で奇瑞汽車(チェリー)が+551%、MGが+201%、Xpeng(シャオペン)が+97%と、いずれも一年で登録台数を大きく積み増した。結果として、上位10ブランドの過半を中国勢と米テスラが占める。8年前には想像もしなかった顔ぶれである。

 

後編に続く)

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【執筆者】 冨樫 経廣(シーエムプラスグループ創業者)
冨樫 経廣(シーエムプラスグループ創業者)

1973年、大手エンジニアリング会社入社。 国内外のエネルギープラントの設計・現場工事管理を経験後、1986年に国内産業施設系プロジェクト部門に異動、以後21年にわたり同社の産業施設プロジェクト部門を率いる。 この間、各種の産業施設プロジェクトにプロジェクト・マネージャーとして関与。 特に医薬系の研究所プロジェクトや工場プロジェクト、電機電子部品工場、データセンタープロジェクトなどについて知見が深い。
また、外資系向け施設や海外研究施設プロジェクト(英国)等、外資顧客向けでのプロジェクト・マネージャーの経験も多数あり。 2000年にはファシリティ・マネジメント部門を立ち上げ、施設運用まで含めたライフサイクルコストを重視したエンジニアリングを手がける。 2007年6月理事退任に伴い同社を退職し、8月に株式会社シーエムプラスを起業。 当時まだ日本では一般的でなかった生産工場向けえPMC業務に特化したエンジニアリングサービスを開始した。 2018年4月よりCM Plus Singapore Pte. Ltd.のManaging Director及びグループCEOに就任。