NEW

契約書だけでは守れない? ベトナムで重視される人間関係とビジネス文化 (前編)

契約書だけでは守れない? ベトナムで重視される人間関係とビジネス文化 (前編)

本連載は、ベトナムでのビジネス実務をテーマに、ONE-VALUE株式会社様にご寄稿いただいている全5回シリーズです。
第4回「契約書だけでは守れない? ベトナムで重視される人間関係とビジネス文化」の前編となる今回は、日系企業とベトナム企業における契約書への考え方の違い、ベトナムのビジネス文化で人間関係が重視される理由、そして協業管理において陥りやすい二つのリスクについて解説いただきます。

第3回では、ベトナムで指示や報告がうまく機能しない背景と、ホウレンソウ文化を定着させるための原則を取り上げました。第4回では、契約管理と現地の人間関係構築をどう両立させるかについて解説します。前編では、契約書に対する考え方の違いと、協業管理で陥りやすい二つのリスクを取り上げます。

目次

  1. 日系企業とベトナム企業における契約書への考え方の違い
  2. ベトナムのビジネス文化において人間関係が重視される理由
  3. ベトナムでの協業管理において日系企業が陥りやすい二つのリスク

1. 日系企業とベトナム企業における契約書への考え方の違い

ベトナムは、東南アジアにおける日系企業の重要な進出先の一つです。サプライチェーンの再編、生産拠点の拡大、インフラ投資、消費市場の成長、M&Aの活発化を背景に、多くの日系企業がベトナムを中長期的な戦略市場として位置付けています。

しかし、実際に事業を進める段階に入ると、契約書を締結したからといって、すべてが計画通りに進むとは限らないことに気付く企業も多いです。契約書を入念に確認し、条項を詳細に定めたにもかかわらず、プロジェクトの遅延、認識の相違、調整の難航が発生する場合があります。その背景の一つには、契約書の役割に対する両者の捉え方の違いがあるのです。

日系企業にとって、契約書は交渉プロセスの最終成果物として位置付けられることが多いです。一度契約が締結されれば、それは業務遂行、進捗管理、責任分担、リスク対応の明確な法的根拠となります。日系企業は、不可抗力や正式な変更合意がない限り、合意済みの条項はそのまま履行されるべきものと考える傾向があります。

一方で、多くのベトナム企業は、契約書を長期的な協力関係の出発点として捉える傾向があります。契約書は初期段階の基本的な枠組みであり、実行過程において市場環境の変化、コスト上昇、行政手続きの遅延、当初想定と異なる事情が発生した場合には、条件の調整、期限の延長、再交渉を提案することもあります。ベトナム側にとって、これは必ずしも約束を破る行為ではなく、実務上の変化に対応するための調整手段と受け止められています。

この認識の違いは、双方の誤解を生みやすいです。日系企業は、ベトナム側が契約を軽視している、または約束に対する意識が低いと感じることがあります。一方、ベトナム側は、日系企業の対応を過度に硬直的で、現場の事情を理解せず、法的な文言だけに依拠していると感じる場合があります。

重要なのは、ベトナムにおいて契約書は不可欠であるものの、協業を円滑に進めるための要素の一つにすぎないという点です。プロジェクトを有効に運営するには、法的文書の厳格さと、当事者間の信頼関係の双方を管理する必要があります。

2. ベトナムのビジネス文化において人間関係が重視される理由

ベトナム企業の実務を理解するには、ビジネスにおける人間関係の役割を把握する必要があります。ベトナムでは、人と人との関係は単なる補助的要素ではなく、意思決定の速度、協力度、問題発生時の対応に直接影響する場合もあります。

実務上、どれほど精緻な契約書であっても、発生し得るすべての状況を網羅することはできません。想定外の問題が発生した際には、双方がどのように対話するか、どの程度信頼関係が構築されているか、また意思決定者にどれだけ解決への意欲があるかが、プロジェクトの進展を左右します。

特に、ベトナム企業においては「キーパーソン」の存在が大きいです。キーパーソンとは、オーナー、社長、創業者、オーナー一族の関係者、あるいは組織内で強い影響力を持つ上級管理職などを指します。多くのベトナム企業では、実際の意思決定が必ずしも書面上の正式なプロセス通りに進むわけではなく、最終的な決定権を持つ人物の判断に大きく左右されることがあります。

日系企業がキーパーソンとの信頼関係を構築できている場合、進捗、支払い、実施方法の調整、現地関係者との連携などに関する問題が、より迅速に解決されることがあります。権限を持つ者同士の直接対話によって、現場レベルでは解決が難しかった課題が前に進むケースも少なくありません。

一方で、関係が悪化した場合、ベトナム側は契約上の義務を形式的には履行しながらも、実際の協力度を低下させる可能性があります。対応の優先順位が下がる、処理が遅くなる、最低限の範囲でしか対応しないといった状況が発生し得ます。これは、契約書やメールのやり取りだけで協業関係を把握している日系企業にとって、見えにくいリスクです。

これは、日系企業が法務管理を軽視し、人間関係だけに依存すべきという意味ではありません。むしろ、ベトナムでは契約管理と関係管理を並行して行う必要があります。契約書は権利義務の境界を明確にし、企業を守る基盤になります。一方、信頼関係は、その契約が実務上、より円滑かつ柔軟に履行されるための重要な要素だと言えます。

3. ベトナムでの協業管理において日系企業が陥りやすい二つのリスク

ベトナム企業と協業する際、日系企業は二つの極端な管理姿勢に陥りやすいです。一つは、契約書の文言だけに過度に依拠する姿勢です。もう一つは、人間関係を過信し、文書管理を緩めてしまう姿勢を取ることです。いずれも、実務上大きなリスクを生む可能性があります。

契約書に過度に依拠するリスク

第一のリスクは、現場の実情を十分に考慮せず、契約書の条項通りに厳格な履行を求めすぎることです。もちろん、契約遵守は欠かせません。しかし、変化の大きいベトナム市場において、客観的な事情の変化が発生したにもかかわらず、日系企業側が一切の再協議を認めない場合、協力関係は急速に悪化する可能性があります。

このような場合、ベトナム側は明確な契約違反を避けながらも、実際の協力度を下げることがあります。業務処理が遅くなる、最低限の対応にとどまる、追加的な協力を行わない、日系企業のプロジェクトの優先順位を下げるといった形です。特に、販売代理、建設、受託製造、物流、共同プロジェクトなどの分野では、こうした協力度の低下が事業成果に直結します。

また、原材料価格の上昇、行政手続きの遅延、事業環境の変化が起きた際に、合理的な調整の仕組みがない場合、ベトナム側は進行を遅らせたり、間接的に交渉圧力をかけたりすることがあります。この場合の損失は、単なる法的紛争にとどまりません。プロジェクトの遅延、市場機会の喪失、管理コストの増加など、より大きな事業上の損失につながります。

人間関係に過度に依存するリスク

第二のリスクは、人間関係への過度な依存です。ベトナム側のキーパーソンと良好な関係を築いた後、重要な事項を口頭の合意、個人的なメッセージ、非公式な面談だけで進めてしまう日系企業もあります。

このような対応は、短期的には意思決定や実行を早める効果があります。しかし、中長期的には大きなリスクとなります。価格、納期、支払い条件、利益配分、業務範囲などの変更が、議事録、確認メール、契約書の付属書などで明文化されていない場合、紛争発生時にその内容を証明することが困難になります。

リスクは、キーパーソンの異動、株主構成の変更、世代交代、経営陣の交代が発生した場合にさらに大きくなります。後任者は、過去の非公式な合意を承認しない可能性があります。その場合、日系企業は自社の権利を守るための法的根拠を失いかねません。

したがって、人間関係は重要ですが、法務管理の代替にはなりません。むしろ、良好な関係を長期的に維持するためにこそ、合意内容を明確に文書化することが必要です。


後編では、法務ガバナンスと現地ネットワークを両立させる方法、ベトナム投資・M&Aへの示唆、そして本連載全体のまとめをお届けします。


[ パートナー企業様のご紹介 ]

ベトナム経済・ビジネス専門メディア「VietBiz」
最新レポートはこちらからご覧下さい。https://vietbiz.jp/
ONE-VALUE株式会社(https://onevalue.jp/)
東京都江東区亀戸2-44-5 TOWAイマス亀戸ビル6階
For more information: contact@onevalue.jp
Hotline: 080-1980-9493

ONE-VALUE Vietnamは、ベトナム経済情報メディアVietbizの運営会社として、日系企業のベトナム事業を支援する戦略コンサルティング会社です。 日本企業の意思決定プロセスとベトナム現地の実務を理解するバイリンガル専門家チームを有し、市場調査、事業戦略コンサルティング、ベトナム進出支援、M&Aアドバイザリー、PMI支援、市場開拓、サプライヤー・OEM先探索、各業界専門家との面談機会の提供など、幅広い支援を行っています。

ベトナムでの駐在員管理、現地運営体制の構築、事業拡大、パートナー探索、M&A機会の評価に課題を感じている企業は、ONE-VALUEに相談することで、初期調査から実行支援まで、実務に即したサポートを受けることができます。

 

Share
【執筆者】 齊藤 大将(ONE-VALUE株式会社 M&A・市場参入コンサルティング事業部 プロジェクトマネジャー)
齊藤 大将(ONE-VALUE株式会社 M&A・市場参入コンサルティング事業部 プロジェクトマネジャー)

早稲田大学を卒業後、IT系ベンチャー企業に入社し、新規法人開拓営業に従事。 その後、インドに拠点を置く日系コンサルティング企業にて、現地企業との合弁会社立ち上げを担当。
帰国後はONE-VALUE株式会社に入社し、物流、製造、医療、ITなど幅広い業界において、日系企業とベトナム企業のM&A支援業務に携わる。
学生時代には、ハンガリーでの留学、マルタおよびマレーシアでのインターンを経験し、多様な文化に触れる。 神奈川県横浜市出身。